新潟地方裁判所 昭和53年(ワ)126号 判決 1983年12月26日
原告 大和土地株式会社
右代表者代表取締役 間英太郎
<ほか一名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 菅沼漠
同 平沢啓吉
被告 新潟県
右代表者知事 君健男
右訴訟代理人弁護士 小出良政
右指定代理人 土田三千男
<ほか五名>
被告 新潟市
右代表者市長 若杉元喜
右訴訟代理人弁護士 坂井熙一
右訴訟復代理人弁護士 鈴木勝紀
同 斉木悦男
主文
一 被告らは原告大和土地株式会社に対し、各自金三六五万一八〇〇円及び内金三三五万一八〇〇円に対する昭和五一年七月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告大和土地株式会社のその余の請求及び原告日本貸工場倉庫事業協同組合の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告大和土地株式会社に生じた費用の三分の一と被告らに生じた費用の一〇分の一は被告らの連帯負担とし、原告大和土地株式会社に生じたその余の費用及び原告日本貸工場倉庫事業協同組合に生じた費用は原告ら各自の負担とし、被告らに生じたその余の費用は原告らの連帯負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら(以下、原告大和土地株式会社を「原告会社」、同日本貸工場倉庫事業協同組合を「原告組合」という)
1 被告らは原告会社に対し、各自金一一八〇万一八〇〇円及び内金一〇八〇万一八〇〇円に対する昭和五一年七月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは原告組合に対し、各自金一八二三万四七四〇円及び内金一六七三万四七四〇円に対する昭和五一年七月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
4 1、2につき仮執行宣言。
二 被告ら(以下、被告新潟県を「被告県」、同新潟市を「被告市」という)
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告会社の個室付浴場(以下「トルコ風呂」という)営業計画
(一) 原告会社は、トルコ風呂営業を営むことを計画し、トルコ風呂建設予定地として、その当時「新潟県風俗営業等取締法施行条例」(昭和三九年新潟県条例第六二号以下「県風営条例」という)によるトルコ風呂営業の禁止地域外にあった次の各土地(以下「原告会社の開業予定地」という)をその地上建物とともに次のとおり買い受け、それぞれ手附金を支払った。
(1) 目的物 新潟市東堀通五番町四四六番九
宅地八〇・九九平方メートル
契約日 昭和五一年一月二九日
売主 田代春男
代金 金二四五〇万円
手附金 金二四〇万円
(2) 目的物 右同所四四六番八
宅地四一・七五平方メートル
契約日 同年一月三一日
売主 梅山信司
代金 金一〇五〇万円
手附金 金一〇五万円
(3) 目的物 右同所四四六番一〇
宅地四五・一二平方メートル
契約日 同年三月七日
売主 山沢与吉
代金 金二〇五〇万円
手附金 金三〇〇万円
(二) 原告会社はトルコ風呂営業用建物の設計を、訴外有限会社和晃設計事務所(以下「和晃設計」という)に依頼し、昭和五一年二月末右設計が完成したため、同年三月六日、四月二日及び五月中旬の三回にわたり、新潟市建築主事(以下「市建築主事」という)に対し、建築基準法第六条第一項に基づく確認申請を行ったが、第一回目は原告会社の開業予定地の付近住民がトルコ風呂建設に反対していることを理由に、第二、第三回目は右開業予定地の二〇〇メートル以内に児童遊園があることを理由に、それぞれ受理されず、同年六月二二日にはじめて受理されて、同年七月一五日に確認通知を受けた。
2 原告組合のトルコ風呂営業計画
(一) 原告組合は、トルコ風呂営業を計画し、トルコ風呂建設予定地として、県風営条例によるトルコ風呂営業の禁止地域外にあった次の土地(以下「原告組合の開業予定地」という)を、その地上建物とともに次のとおり買い受け、手附金を支払った。
目的物 (1)新潟市東堀通五番町四三三番三
宅地一八二・八四平方メートル
(2)同所同番二
公衆用道路九・九一平方メートル
契約日 昭和五〇年一二月二一日
売主 小西安正
代金 金七六三二万七八〇〇円
手附金 金一六三〇万円
(二) 原告組合はトルコ風呂営業用建物の設計及び工事を、訴外株式会社吉原組(以下「吉原組」という)に依頼し、昭和五一年四月一二日、原告組合の従業員である訴外遠藤悦郎を建築主名義人として、市建築主事に対し、建築基準法第六条第一項に基づく確認申請を行ったが、原告組合の開業予定地の二〇〇メートル以内に児童遊園があることを理由に受理されず、同年七月七日に再度の申請が受理されて、同月一五日確認通知を受けた。
3 原告らのトルコ風呂営業計画の中止
原告らがそれぞれ建築確認通知を受けた段階では、次のとおりの事情で原告らのトルコ風呂営業計画は中止せざるを得なかった。
すなわち、新潟市長(以下「市長」という)は、昭和五一年三月二六日、新潟県知事(以下「県知事」という)に対し、新潟市西堀通四番町所在の新生公園(以下「本件公園」という)を児童福祉法第七条にいう児童福祉施設である児童遊園として設置することの認可を求め、県知事は四月六日に、四月一日付をもって認可したが、地方自治法第二四四条の二により右施設の設置に必要な条例の制定が欠如していたので、新潟市議会(以下「市議会」という)は同年七月一二日右条例として「新潟市児童遊園設置条例」(以下「市遊園設置条例」という)を制定し、同条例は同月一四日公布、施行された。そのため、本件公園から二〇〇メートルの区域内にある原告らの開業予定地で新たにトルコ風呂営業を開業することは、風俗営業等取締法(以下「風営法」という)第四条の四第一項により禁止されることとなった。
また、新潟県議会(以下「県議会」という)は同年六月の定例県議会で、県風営条例の一部を改正する条例(以下「改正条例」という)を可決、制定して、同条例施行日の同年七月二五日から県下全域において例外なく新たにトルコ風呂営業を開業することが禁止されることとなった。
4 県知事らの違法行為
(一) トルコ風呂営業による風紀の悪化や住民に対する迷惑は警察、保健、労働面における行政的監督を厳重にして健全な営業を指導することによって十分対応できるものであり、また原告らの開業予定地付近(通称昭和新道)にはすでに七軒のトルコ風呂が営業されており、原告らの営業が新たにこれに加わることにより風俗環境に格別の影響を及ぼすおそれはなかったにもかかわらず、県議会はトルコ風呂営業の全廃により問題を解決しようとする付近住民のトルコ風呂追放運動に追従して、原告らがすでに建築確認申請の段階に至っており、その計画の中止によって甚大な損害を蒙ることを知悉していながら、何らの補償措置を講じることなく、原告らのトルコ風呂営業を阻止することのみを目的に、改正条例を制定し、原告らの開業を妨害したものである。
したがって、改正条例は憲法第二二条及び第二九条に違反し、原告らに対する関係で違憲・違法である。
(二) 建築主事は、建築確認申請についてはその要件が具備している限りこれを受理しなければならず、また、「当該建物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例」の規定に適合するかどうかの範囲でのみこれを審査すべきである。しかるに、市建築主事は原告らの建築確認申請が要件を具備し、何ら拒否すべき理由がないにもかかわらず、前記県風営条例改正前に原告らがトルコ風呂営業を開始するのを阻止するため、県知事と意思を通じた市長の命令によって、右確認申請を受理せず、故意に確認を遅らせて原告らの開業を妨害したものであって、右確認申請の受理を拒否した行為は違法である。
(三) 市長は、本件公園を児童福祉施設とすべき具体的かつ差し迫った必要もないにもかかわらず、県風営条例の改正による原告らの開業の阻止が時間的に間に合わない状況にあったため、原告らのトルコ風呂営業の開業阻止のみを目的として、県知事に対し児童遊園設置の認可を申請し、県知事も右事情を十分承知のうえ認可し、市議会は市遊園設置条例を制定して原告らの開業を妨害した。右児童遊園設置に関する市長らの各行為はいずれも違法である。
5 被告らの責任
(一) 市長、市議会及び市建築主事は被告市の、県知事及び県議会は被告県のそれぞれ公権力の行使に当たる公務員ないし議会であるところ、原告らがトルコ風呂営業計画を中止せざるを得なかったのは、右公務員らにその職務を行うにつき前記の故意による違法行為があったからであり、被告らはそれぞれ国家賠償法(以下「国賠法」という)第一条第一項により原告らがトルコ風呂営業を開業できなくなったことにより蒙った損害を賠償すべきである。
(二) 市長、市議会及び市建築主事と県知事及び県議会はそれぞれ意思を相通じて前記4の行為をなしたものであり、被告県と被告市は民法第七一九条により共同不法行為責任を負うものである。
6 損害
原告らがトルコ風呂営業の開業不能により蒙った損害は次のとおりである。
(一) 原告会社の損害
(1) 手附金 合計金六四五万円
原告会社は前記1のとおり、トルコ風呂建設予定地の売買契約を締結したが、前記3記載の事情により、トルコ風呂営業の開業が不能となったため、手附金合計金六四五万円を放棄して、右売買契約を解約した。
(2) 売買仲介手数料 金一〇〇万円
右売買契約について、訴外渡辺大三に対し、金一〇〇万円の仲介手数料を支払った。
(3) 設計料等 金二四七万五〇〇〇円
和晃設計に対し、トルコ風呂の設計を依頼し、設計料等として金二四七万五〇〇〇円を支払った。
(4) 測量費用 金七万六八〇〇円
トルコ風呂建設予定地の測量を土地家屋調査士松橋実に依頼し、費用として金七万六八〇〇円を支払った。
(5) 確認申請費用等 金八〇万円
訴外大越組こと大越吉次郎に工事費調査及び確認申請手続を依頼し、これらの費用として金八〇万円を支払った。
(6) 弁護士費用 金一〇〇万円
本件訴訟の提起遂行を弁護士菅沼漠及び同平沢啓吉に委任し、第一審勝訴の場合、金五〇万円宛支払う旨約し、合計金一〇〇万円の債務を負担した。
(7) 以上、原告会社は合計金一一八〇万一八〇〇円の損害を蒙った。
(二) 原告組合の損害
(1) 手附金 金一六三〇万円
原告組合は前記2のとおりトルコ風呂建設予定地の売買契約を締結したが、前記3記載の事情によって、トルコ風呂営業の開業が不能となったため、その手附金一六三〇万円を放棄して右契約を解約した。
(2) 売買仲介手数料 金四〇万円
右売買契約について、訴外マルヒロ不動産商事株式会社に対し、金四〇万円の仲介手数料を支払った。
(3) 仮登記手続費用
金三万四七四〇円
訴外川島重一に対し、右売買を原因とする土地所有権移転の仮登記手続を依頼し、登録免許税を含む費用金三万四七四〇円を支払った。
(4) 弁護士費用 金一五〇万円
本件訴訟の提起遂行を弁護士菅沼漠及び同平沢啓吉に委任し、第一審勝訴の場合、金七五万円宛支払う旨約し、合計金一五〇万円の債務を負担した。
(5) 以上、原告組合は合計金一八二三万四七四〇円の損害を蒙った。
7 よって、原告らは国賠法第一条第一項、民法第七一九条による損害賠償請求権に基づき、被告らが連帯して、原告会社に金一一八〇万一八〇〇円及び弁護士費用額を除いた内金一〇八〇万一八〇〇円に対する本件不法行為後であることの明らかな昭和五一年七月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに原告組合に金一八二三万四七四〇円及び弁護士費用額を除いた内金一六七三万四七四〇円に対する同日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)について
(被告ら)
知らない。
(二) 同1(二)について
(被告県)
知らない。
(被告市)
原告会社が和晃設計にトルコ風呂の設計を依頼し、右設計が昭和五一年二月末に完成したとの事実は知らないが、その余の事実は否認する。
ただし、原告会社代表者間英太郎が同人名義で昭和五一年六月二九日市建築主事に対し建築基準法第六条第一項の規定による確認の申請をし、同年七月一五日確認通知を受けた事実はある。
2(一) 同2(一)について
(被告ら)
知らない。
(二) 同2(二)について
(被告県)
知らない。
(被告市)
原告会社が吉原組にトルコ風呂の設計、工事を依頼したとの事実は知らないが、その余の事実は否認する。
ただし、訴外八豊商事こと遠藤悦郎が昭和五一年七月五日市建築主事に対し建築基準法第六条第一項の規定による確認の申請をし、同月一五日確認通知を受けた事実はある。
3 同3について
(被告ら)
昭和五一年三月二九日市長が県知事に対し、本件公園を児童福祉法に定める児童福祉施設である児童遊園として設置することの認可申請をし、県知事が同年四月一日付で認可したこと、市遊園設置条例が同年七月一四日公布、施行されたこと、本件公園が右条例により児童福祉施設となり同公園の周囲二〇〇メートルの区域内においてトルコ風呂営業の新たな開業ができなくなったこと、県議会が同年六月の定例県議会で、改正条例を可決、制定し、同条例施行日の同年七月二五日から県下全域で新たにトルコ風呂営業を開業することが禁止されたことは認め、その余は不知ないし争う。
4 同4の(一)ないし(三)について
(被告ら)
争う。
5 同5について
(被告ら)
争う。
6 同6の(一)及び(二)について
(被告ら)
知らない。
三 被告らの主張
(被告ら)
1(一) トルコ風呂営業の実態は個々に独立する浴室内において、全裸に近いいわゆるトルコ嬢が入浴客に対して、流し、マッサージ等のサービスを行うという特殊な構造及び営業形態であり、都道府県知事から「浴場業」の許可を受けているとはいうものの、通常の公衆浴場とは著しく異なっており、利用実態も大衆の日常生活上の健康衛生とはおよそ関係なく、享楽の場として利用されている。そのためいきおい営業に随伴して売春行為やスペシャル等と称するいかがわしいサービス行為が行われ、売春防止対策上最も問題の多い営業である。また、そこに働くいわゆるトルコ嬢とトルコ風呂営業者の関係は、一般的には使用従属の関係にあるのに、ほとんどの業者はトルコ嬢に対して固定給を支給していないばかりでなく、かえって場所代、客紹介料、罰金等の名目で搾取を行っている業者もある。トルコ嬢も流し等の健全サービスだけでは収入に乏しいため、高収入を得られる売春行為やいかがわしいサービスを行わざるを得ない実情となっており、社会一般にはトルコ嬢は売春婦であるとの印象を与えている。
これを裏付けるかのように、新潟県内においても昭和四八年七月三一日特殊公衆浴場「トルコ本陣」東海物産株式会社(代表金炳陽)が売春防止法第一一条第二項違反で検挙されたほか、その後多くのトルコ風呂営業者が同項違反等で検挙され、いずれも有罪判決と営業停止の行政処分を受けたが、これらはいずれも証拠上違反が明らかなもので現実にはほとんどのトルコ風呂で売春行為が行われている。
(二) 昭和五〇年に入って、新潟市古町通五番町及び同市東堀通五番町のトルコ風呂営業の許容地域に、それまで四軒しかなかったトルコ風呂営業が新規に三軒開業したうえ、開業の準備行為として建物建築中のもの一件と土地を購入しようとして準備をはじめたものが二件(原告ら)あり、近隣住民に不安を与えるところとなった。このまま傍観していては清浄な風俗環境が害されるとして近隣住民の反対運動が起こり、昭和五一年二月二一日訴外赤羽武雄ら一二九名の住民が、県議会にトルコ風呂営業の営業時間の規制等に関する請願及びトルコ風呂建設容認地域の変更に関する請願を行い、同日、新潟県警察本部長及び新潟県衛生部長に対してもトルコ風呂建設容認地域の変更について陳情を行った。これらを受けて県及び県警本部では昭和五一年二月二四日から開会されていた二月定例県議会の連合委員会においてトルコ風呂営業許容地域の再検討を行う方針を明らかにし、その後、県警本部を中心として関係地域住民の意向調査、関係機関による検討、協議を重ねた結果、新潟市の全域にわたってトルコ風呂営業の新規開業を規制するのが相当であるとの結論に達し、同年六月二五日から開会された六月定例県議会にその旨の改正条例案を上程した。同条例案は同年七月一二日同議会本会議において出席議員全員の賛成を得て可決、成立し、同月一五日公布、同月二五日施行となった。
(三) トルコ風呂の営業実態は前記のとおりであって、健全営業の可能性がほとんど期待されないものであり、かかるトルコ風呂営業が次々に開業されてゆく状況に不安を抱いた近隣住民が健全で平穏な生活を守るため県議会等に対して、その改善を求めて行動することは当然であり、この民意を受けて地域住民の福祉向上のため県の諸機関が県風営条例に検討を加えることも当然である。このようにしてなされた県風営条例の一部改正の結果、新潟市全域で新規にトルコ風呂営業ができなくなったのであり、原告らの開業阻止のみを目的としたものではない。また、憲法で保障された職業選択の自由及び財産権も公共の福祉のため制約を受けることは論をまたない。
以上のとおり県風営条例の一部改正には何らの違法不当はない。
(被告市)
2 市長は、本件公園を児童福祉法に定める児童福祉施設である児童遊園として設置するのを相当と認め、昭和五一年三月二九日県知事に対しその認可申請をなし、同年四月県知事からその旨の認可を受けたのに伴い、市遊園設置条例の制定を市議会に提案したところ、同年七月一二日同議会において可決、制定されたので、同月一四日これを公布し、即日施行した。
これは児童福祉法の定めるところに従い、その数年前に設置した曙児童遊園、日の出児童遊園及び礎児童遊園と同様、本件公園を児童遊園とするのを相当と認めてこれを児童遊園としたものであって、原告らの営業を妨害するとか、原告らに損害を与えるとかの意図をもってしたものではない。
3 市建築主事が間英太郎及び遠藤悦郎に対し建築確認通知を発するまでの経緯は次のとおりである。
(一) 間は、昭和五一年四月二日にはじめて大越組を介して市建築主事に対し、トルコ風呂営業のための建物を建築する計画について確認申請書を提出したが、当時すでに本件公園を児童遊園として設置することの認可申請がなされ、また、県風営条例の改正の動きがあり、右児童遊園の設置認可又は県風営条例の改正によっては、間が建物を建築してもトルコ風呂営業ができなくなるおそれがあったので、市建築主事が大越組に対しこの間の事情を説明して右確認申請を再検討するよう行政指導したところ、大越組もこれを了承し、右確認申請書の返却を受けた。その後、間が同年六月二二日市建築主事に対し再度建築確認申請書を提出したので、市建築主事は同月二九日これを受理し、審査のうえ右建物の計画が法令に適合することを確認し、同年七月一五日その旨の通知を発した。
(二) 遠藤は、同年六月一五日市建築主事に対し、トルコ風呂営業のための建物を建築する計画についての確認申請書を提出したが、市建築主事が前同様の理由により右確認申請を再検討するよう行政指導したところ、遠藤はこれを了承し、右確認申請書の返却を受けた。その後、遠藤が同年七月五日再度市建築主事に対し建築確認申請書を提出したので、市建築主事はこれを受理し、審査のうえ右建物の計画が法令に適合することを確認し、同月一五日その旨の通知を発した。
(三) 以上のとおり市建築主事の行政指導には何ら違法はない。
4 間及び遠藤が最初に建築確認申請書を提出した四月二日及び六月一五日に市建築主事がこれらを受理していたとしても、原告らの開業予定地には、売主らが現に居住する建物が存し、その取毀しすら未了であったのであるから、県風営条例が施行された七月二五日までにトルコ風呂営業の開始は勿論、建物の完成すら不可能であったもので、市長らの行為と原告らの損害との間に因果関係はない。
(被告ら)
5(一) 原告組合は中小企業等協同組合法に基づいて設立された協同組合であって、その定款に事業の目的を次のとおり定め、その旨の登記をしているものである。
(1) 組合員の事業にかかる貸工場倉庫等建物の利用の促進をはかるための利用者の共同募集ならびに取引のあっせん
(2) 組合員の事業にかかる貸工場倉庫等建物の建設用地を取得することにともなう立地条件等の調査および不動産の取引あっせんならびに共同造成
(3) 組合員の事業にかかる貸工場倉庫等の共同管理
(4) 組合員の事業にかかる貸工場倉庫等の規格の設定および建設工事の共同発注
(5) 組合員に対する事業資金の貸付け(手形の割引を含む)および組合員のためにするその借入れ
(6) 商工組合中央金庫、中小企業金融公庫、国民金融公庫その他組合の指定にかかる金融機関に対する組合員の債務の保証またはこれらの金融機関の委任をうけてする組合員に対するその債権の取立て
(7) 組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結
(8) 組合員の事業に関する経営および技術の改善向上または組合の事業に関する知識の普及を図るための教育および情報の提供
(9) 組合員の事業にかかる貸工場倉庫等の損害保険の共同契約
(10) 前号の事業のほか、組合員の福利厚生に関する事業
(11) 前各号に附帯する事業
(二) 中小企業等協同組合法によれば、協同組合が自らトルコ風呂営業をなしえないことは明らかであり、また、協同組合の権利能力は定款所定の事業目的によって制限されると解すべきところ、原告組合の定款においても前記のように、右営業を目的に定めていない。
(三) 更に、協同組合が法令及び定款に基づいて行うことができる事業以外の事業を行ったときは、行政庁は解散等の監督命令を発することができ(同法第一〇六条)、その事業を行った役員は組合に対する損害賠償責任及び解任の事由となり(同法第四一条第三項但書)、過料に処せられる(同法第一一五条第一号)のであるから、原告組合は、トルコ風呂営業をなすことが法律上禁止されていたものである。
(四) したがって、原告組合がトルコ風呂営業を開業できず、損害を蒙ったとしても、その損害と県知事らの行為との間に因果関係はない。
四 被告らの主張に対する認否
1 被告らの主張1ないし4は争う。
2 同5のうち、(一)は認め、その余は争う。
第三証拠《省略》
理由
一1 原告らのトルコ風呂営業計画及びその中止
《証拠省略》によれば以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(一)(1) 昭和五一年一月当時県風営条例は地域を定めてトルコ風呂営業を禁止していたが、新潟市のうち「古町通五番町、同八番町、同九番町、東堀通五番町、同八番町及び同九番町並びに一般国道百十六号線に沿い、その道路境界線からそれぞれ幅五十メートルの区域以外の古町通六番町、同七番町、東堀通六番町及び同七番町の区域」をトルコ風呂営業禁止地域から外していた。
(2) 原告会社は、トルコ風呂営業の禁止地域外であった新潟市東堀通五番町の通称昭和新道にトルコ風呂営業用建物を建設して営業することを計画し、昭和五一年一月二九日に同所四四六番九宅地八〇・九九平方メトール及びその地上建物を代金一〇五〇万円で、同月三一日に同番八宅地四一・七五平方メートル及びその地上建物を代金一〇五〇万円で、同年三月七日に同番一〇宅地四五・一二平方メートル及びその地上建物を代金二〇五〇万円でそれぞれ購入する一方、トルコ風呂営業用建物の設計を和晃設計に依頼し、その建設工事は大越組に請負わせることとした。
(3) 原告組合は同じく昭和新道にトルコ風呂を建設したうえ、これを賃貸することを計画し、昭和五〇年一二月二一日、東堀通五番町四三三番三宅地一八二・八二平方メートル及びその地上建物並びに同番二公衆用道路九・九一平方メートルを代金合計七六三二万七八〇〇円で購入し、同五一年四月ころトルコ風呂営業用建物の設計及び工事を吉原組に依頼した。
(二) ところで、原告らがトルコ風呂建設を計画した昭和新道には、従前から七軒のトルコ風呂が営業していて、付近住民はその営業による騒音及び風俗環境の悪化に悩んでいたが、昭和五一年(以下特に断らない限り月日のみで示すのは同年をいう)に入り、新たに一軒のトルコ風呂建設が行われ、原告らがトルコ風呂建設用地の買収に取り掛ったことを知った地元町内会(新潟市古町五番町内会、同市東堀五番町内会)の住民が、二月二一日県議会に県風営条例を改正して同区域をトルコ風呂の営業禁止地域とすること及び既存のトルコ風呂の営業時間等の規制を請願するとともに、県警本部及び県衛生部にも同趣旨の陳情をなした。
右各請願は県議会の二月定例会(二月二四日から三月三〇日まで開催)で審議に付され、三月四日の連合委員会では県知事が二月定例会の会期中に間に合えば県風営条例の改正を追加提案する意向及びトルコ風呂建設のための駆け込みによる建築確認申請の取扱いについて新潟市を指導する考えのあることを明らかにし、また、県警本部長も営業規制強化を表明するなど県当局によるトルコ風呂に対する規制強化の方向が示された。同月一一日の建設公安常任委員会では、県風営条例の改正は県議会六月定例会(六月二五日から七月一二日まで開催)には提案すること及びそれまでの間はトルコ風呂の新規開業を阻止する方向で対策をとることが県当局から明らかにされた。
また、これらの動きに呼応して市議会においても、三月一〇日にトルコ風呂問題が論議され、市長はトルコ風呂に対する保健所の措置を強化し、トルコ風呂建設のための建築確認申請には厳重に対処する意向を表明し、県当局と同調する姿勢を示した。
(三) ところで、原告らの各開業予定地はいずれも本件公園の周囲二〇〇メートルの区域内にその主要部分が入るが、前記のとおり県風営条例の改正が六月県議会に持ち越されたところから、地元住民は三月一五日に市長を訪問し、県風営条例改正前のトルコ風呂建設を阻止するため、本件公園を風営法第四条の四第一項にいう児童福祉施設である児童遊園とするよう申し入れた。市長はこれに対し、既に右児童遊園の設置を検討中であることを明らかにし、その後の同月二九日、県知事に本件公園に児童遊園を設置することの認可を申請し、知事は四月六日に四月一日に遡ってこれを認可した(この点は当事者間に争いがない)。
ところが、市は地方自治法第二四四条の二により児童遊園の設置に必要な条例の制定を怠ったため、右認可によっては、直ちに児童遊園設置の効果が生じなかった。そこで市長は、六月二八日急拠開会中の市議会に市遊園設置条例を提案し、市議会は七月九日これを可決、制定し、同条例は同月一四日に公布された(この点は当事者間に争いがない)。
これにより同日から風営法第四条の四第一項により本件公園の周囲二〇〇メートルの区域内でトルコ風呂の営業が禁止されることとなった。
(四) 二月県議会での提案が見送られた改正条例案の作成作業は県警本部を中心に準備が進められ、部内において前記トルコ風呂営業容認地域の縮少についても検討されたが、地元住民及び市長の意見を聴取したうえ、それまでトルコ風呂の営業が容認されていた新潟市内の区域全部を禁止地域とすることを内容とする改正条例案が作成され、六月二五日県知事から県議会六月定例会に提案され、七月一二日に可決成立し、同月二五日公布、施行となった(この点は当事者間に争いがない)。これにより、同日以降新潟市全域においてトルコ風呂営業の新規開業が不能となった。なお、右改正の前後を問わず、県風営条例には損失補償についての規定はない。
(五) 原告会社は二月初旬ころ、トルコ風呂の設計を和晃設計に依頼した。和晃設計は新潟市建築指導課、新潟中央警察署及び新潟西保健所の指導を受けたうえ、同月下旬ころ設計図を完成させた。その間、右各行政機関から積極的にトルコ風呂営業を中止するよう勧告等を受けたことはなかった。原告会社は右設計図に基づくトルコ風呂営業用建物の建築工事及び建築確認申請手続を大越組に依頼した。大越組は右建物を従業員であった一級建築士越智隆設計にかかる建物として原告会社代表者の間英太郎名義で建築確認申請書を作成し、越智が三月六日市建築指導課に提出した。同課では、当時、建築主事である課長浅妻誠の下に七、八名の技師を審査係として置き、同係が各自建築確認申請書を受け付け、その様式並びに建築基準法第六条第二項に定める要件具備の有無についての形式的審査をなし、審査を通ったものについて申請者に同条第六項所定の手数料を納付させて、これを受理していたが、越智から提出された右申請書は審査係近藤明朗において受け付けたものの、越智に対し地元住民の反対を理由に、申請手数料の納付を指示して受理することなく、預っておく旨告げて同人を帰した。その後約一〇日経過したころ、近藤は浅妻の指示により右申請書を大越組に返戻した。間はこの処置に納得せず、四月二日に越智とともに市建築指導課を訪れ、浅妻に対し右申請書を受理するよう申し入れたが、市長の指示に基づき浅妻は、児童遊園の存在を理由に受取りを拒否した。間は、一旦引き下がり、営業許可の関係官庁である新潟中央警察署及び所轄保健所を回って事情を質したうえ、再び市建築指導課に戻り、右申請書の受理を申し入れたが、やはり受付を拒否されたので、これを窓口に置いて帰ろうとしたものの、それも拒まれ、やむなく持ち帰った。また、同人は同月上旬ころ新潟中央警察署の担当者から呼出しを受け、暗にトルコ風呂建設の中止方を申し入れられたが、計画を継続する旨述べてこれを拒否した。更に、五月一三日間は一人で市建築指導課を訪れ、右申請書を受理するように重ねて申し入れたが、それまでと同様受付を拒否された。同人は六月一五日にも同課を訪れ、右申請書の受理を強く要求し、もし受け付けられないのであればその理由を文書にして交付するよう申し入れた。これに対し、浅妻はもう暫く猶予を与えてくれるよう答えて、間を引き取らせた。
一方、原告組合はトルコ風呂用建物の建築工事を依頼した吉原組を通じて、組合員である遠藤悦郎名で一級建築士金子徳義の設計にかかる建物として建築確認申請書を四月一六日市建築指導課に提出したが、児童遊園の存在を理由にその受付を拒否され、持ち帰った。
(六) その後一か月余経過した六月二二日、間は市建築指導課に前記建築確認申請書を提出したところ、浅妻は、これを受け取ったが、一応預るということで受付手続はしなかった。そこで、間は同月二八日浅妻と交渉した結果、ようやく翌二九日指示のあった前記手数料の納付手続を経て、右確認申請が受理され、七月一五日に建築確認がなされた(この点は当事者間に争いがない)。
また、原告組合は六月一五日同課に遠藤名義の前記建築確認申請書を提出したところ、七月五日前記手数料納付手続を経て受理され、同月一五日に建築確認がなされた(この点は当事者間に争いがない)。
しかしながら、原告らは、前記のとおり同月二五日以降県風営条例によりトルコ風呂の新規開業が禁じられたため、右建築確認を得た各建物の建築に着手することなくトルコ風呂営業計画を放棄した。
2 トルコ風呂の実態
(一) 《証拠省略》によると以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) いわゆるトルコ風呂は公衆浴場法の適用を受ける浴場である一方、風営法の適用も受け、同法第四条の四で「浴場業の施設として、個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業」とされている。
(2) トルコ風呂営業は右のとおり個々に独立する浴室内において女性従業員(いわゆるトルコ嬢)が、接客にあたり全裸に近い姿になって入浴客に対し、流し、マッサージなどのサービスを行うことを内容とするもので、浴場業の許可を受けてはいるというものの、通常の公衆浴場の如き公共性はなく、かえってその特殊な構造及び営業形態によって、一般大衆の日常生活とは極めて遊離した享楽の場所として利用されている。そのため営業に随伴して売春や性的ないかがわしい行為が行われており、売春防止対策上最も問題の多い営業とされている。
(3) トルコ風呂業者とその女性従業員との関係は、一般的に場所的、時間的拘束性、労務内容等についての指導、監督等の面から、使用従属の関係にあるにもかかわらず、業者の多くは女性従業員に対し固定給を支払わないのみか、かえって場所代、紹介料、罰金等種々の名目で女性従業員から金員を強制的に徴収している。そのため、女性従業員は収入を得るため売春やいかがわしい行為をあえて行わざるを得ないこととなり、女性従業員は利用客においては売春婦と同一視されかねない状況にある。
(4) 昭和五〇年一〇月末において、全国のトルコ風呂営業のうち約一割以上に暴力団が関与しているうえ、女性従業員の多くには暴力団員の情夫がいる。これらの情夫は女性従業員に多額の収入を得るよう売春等を強要し、それらによって得た女性従業員の収入によって自ら生活するほか、組織運営の資金源にしているとみられている。
(二) 《証拠省略》及び前記認定の事実によると次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 前記県議会六月定例会において、改正条例が制定されるとともに、「新潟県公衆浴場の設置場所の配置及び衛生措置等の基準に関する条例」(昭和五一年新潟県条例第六二号)が制定され、トルコ風呂等に対し営業時間を日の出から午後一二時までとするなど営業規制の強化がなされた。
(2) 新潟のトルコ風呂における犯罪は、昭和四八年から同五六年までの間に延べ九軒が売春防止法違反で行政処分を受け、六〇日から一八〇日の営業停止処分を受けている。うち七軒は昭和五一年県条例第六二号によるトルコ風呂に対する規制強化後に処分を受けたものである。
3 児童遊園設置の必要性
本件全証拠によるも、原告らのトルコ風呂営業の開業を阻止する目的のほかに、本件公園に児童遊園を設置する必要性があったことはこれを認めることができない。
三 県知事らの行為の違法性について
1 児童遊園設置の違法性の有無について
前記認定のとおり、市長は三月一五日、地元住民が県風営条例の改正が遅れたため、他の手段により原告らのトルコ風呂営業の開業を阻止しようと、本件公園を児童遊園にするように申し入れたところ、既に検討している旨明らかにしたこと、県知事においてもその時点までにトルコ風呂営業の新規開業を規制する姿勢を明らかにしていたこと、市長が三月二九日に児童遊園の認可を申請したところ、県知事は四月六日に同月一日に遡って認可したこと、児童遊園設置に必要な市の条例の制定を怠っておりながら、児童遊園の設置、存在が原告らの建築確認申請書の受付拒否の理由に使われたこと及び前記のとおり本件公園に児童遊園を設置する必要性が他に認められないことからすれば、右児童遊園の設置(申請、認可及び条例制定)は、原告らのトルコ風呂開業を阻止するためにのみなされたもので、原告らに対する関係において、行政権の著しい濫用によるものとして違法と解すべきである。
2 建築確認申請の受付拒否の違法性の有無について
(一) 建築確認申請書が提出された場合、建築主事は、当該確認申請が建築基準法第六条第八項にいう建設省令(同法施行規則)の定める様式を具備しているか否か及び同条第二項が要求する要件を具備しているか否かについての形式的審査をなし、これらを具備しているものについて、申請者に同条第六項所定の手数料を納付させたうえ、これを受理すべきものであり、これにつき建築主事に裁量は許容されていないと解すべきである。そして、右審査の前提をなす確認申請書の受付はそれが右受理の要件を具備するか否かに関りなくなされるべき全くの事実行為であって、建築主事がこれを拒否できる余地は認められてなく、拒否することは違法というほかない。
もっとも、確認申請書を一旦受付けた後、形式的に不備なものについて、直ちに不受理とすることなく、不備な点の補正のため、これを申請者に返却することは、申請者があえて不受理を求める等の事情のない限り、違法ということができないのはもちろんであり、他の行政目的を達成するため行政指導として、提出された確認申請書を受け付けることなく、又は一旦受け付けた後返却することも、右行政目的、必要性とこれにより申請者の受ける不利益とを比較衡量してその方法、程度が相当であり、かつ、申請者が任意に応じた場合には、一概に違法とはいいえないものと解すべきである。ただし、この場合、確認申請受理後の確認の留保と異なり、確認遅延の責が建築主事に帰せしめられることなく、申請者がもっぱら遅延による不利益を負担することとなる点に鑑みれば、右申請者の同意は明確なものであることが要請されるというべきである。
(二) 本件においてこれをみるに、前記認定のとおり、市建築主事は、原告らの提出にかかる建築確認申請書を六月二九日又は七月五日に受理までの間、その受付を拒否し、又は一旦受け付けた確認申請書を申請者の使者の許に送り返えしているものであって、右確認申請書を受け付けなかったことが原告らの明確な同意に基づくものとはいいえないのみならず、右受付拒否は、前記のとおり本件公園に違法に設置され、その効果の生じていない児童公園の存在を理由とするものであって、行政指導として到底相当な方法といい得ないところである。
したがって、市建築主事による右確認申請書の受付拒否は違法というべきである。
(三)(1) トルコ風呂を営業することが職業選択の自由に包含される営業の自由として、憲法第二二条第一項の保障下にあることは明らかであるが、右自由権も無制限の絶対的なものということはできず、社会公共の安全と秩序維持の見地からする制約を免れることはできないものである。そして、前記認定のトルコ風呂営業の実態に徴すると、トルコ風呂は、単に一部の特殊な業者のみならず、一般的に、その構造及び営業形態からして犯罪の温床と化しやすく、清浄な風俗環境を害するおそれが極めて強く、これにより諸種の弊害が地域社会にもたらされることは見易い道理であり、その弊害は社会公共の安全と秩序の維持の見地から看過しえないものがあると認められるのであって、県風営条例の改正は、右弊害を除去するためにやむを得ない相当の規制であり、不合理であるとは認められず、改正条例を憲法第二二条第一項に違反するということはできない。
なお、原告らは右弊害の除去については、行政的監督によりその目的を達しうる旨主張するが、前記認定のとおり、新潟県において昭和五一年七月に「新潟県公衆浴場の設置場所の配置及び衛生措置等の基準に関する条例」を制定し、これに基づきトルコ風呂に対する営業の規制強化がなされた後においても、トルコ風呂で犯罪行為(売春)が続発していることに鑑みると、行政的監督によって、前記の弊害を除去しうるとするにはなお躊躇を覚えざるを得ず、原告らの主張に直ちに左袒することはできない。
また、原告らは県風営条例の改正は原告らの開業阻止のみを目的としたものである旨主張するが、前記認定のとおり、トルコ風呂営業による弊害の除去には、新潟市における同営業容認地域の縮少では不十分であり、これを全廃し、新潟市全域を同営業禁止地域とすることが必要であるとして改正条例案が作成、提案され、これが可決されたものであって、改正条例によって、原告ら以外の国民が、原告らが開業を予定した昭和新道以外の従前の右容認地域においてトルコ風呂営業を開業することが禁止されることとなったものであって、原告らの右主張は採用できない。
(2) ところで、トルコ風呂営業を開業すること及びそのための資金の投下を伴う準備行為は財産権行使の一種というべきところ、改正条例による右営業禁止地域の拡大はこれに対する制限にほかならないこと明らかであるが、右条例による制限は国民が一般的に受忍せざるを得ない財産権に内在する制限というべきであるから、右制限を課するに当たり、当然には損失補償はこれを必要としないと解するのが相当である。したがって、前記認定のとおり右条例による前後において県風営条例に、右制限により損失を蒙ることとなった者に対する損失補償の規定を設けていないことをもって、直ちに改正条例が憲法第二九条第三項に違反するということはできない。
ただ、改正条例が、可決成立後約二週間後に公布施行されていることに鑑みると、右条例により新たに営業禁止地域とされた区域で開業準備に着手した者が不可避的に蒙った損失が特別の犠牲に当たるものとして、損失補償の必要を生ずる余地はあるというべきである。しかし、その場合は、損失を蒙った者は憲法第二九条第三項に基づいて直接損失補償を請求しうると解すべきであるから、このことは右結論に消長を来たすものではない。
(3) そのようにして、改正条例は、一般的には憲法に違反するものではない。しかし、前記認定の右条例制定の経緯からすれば、右条例の制定は、県当局(県知事、県議会)及び市当局(市長、市議会、市建築主事)の意を通じた連携の下に、前記のように違法な児童遊園の設置及び建築確認申請書の受付拒否という手段により、時間を稼ぎながら、これらと一体となって、既にトルコ風呂営業の開業準備行為に着手した原告らの開業を阻止することを直接の目的として早急に立案、制定されたものであることは否定の余地がないというべきであり、原告らに対する関係においては行政権(条例も行政立法に含まれる)の著しい濫用によるものとして違法と解するのが相当である。
四 被告らの責任
市長、市建築主事及び市議会は被告市の、県知事及び県議会は被告県のそれぞれ公権力の行使に当たる公務員又は機関であることは明らかであり、また、右市当局と県当局とが意思を相通じて前記違法行為をなしたものであることは前記認定のとおりであるから、被告市及び同県は国賠法第一条第一項、民法第七一九条により、原告らに対して、連帯して原告らが前記違法行為により蒙った損害を賠償すべき責任がある。
五 損害
1 原告会社の損害
(一)(1) 手附金
《証拠省略》によると、原告会社はトルコ風呂建設予定地の売買契約を締結したが、トルコ風呂営業の開業が不能となったため手附金合計金六四五万円を放棄して、右売買契約を解約したことが認められる。
(2) 売買仲介手数料
《証拠省略》によると、原告会社は訴外渡辺大三に対し、トルコ風呂建設予定地の売買契約について、金一〇〇万円の仲介手数料を支払ったことが認められる。
(3) 設計料等
《証拠省略》によると、原告会社は和晃設計に対しトルコ風呂の設計料等として金二四七万五〇〇〇円を支払ったことが認められる。
(4) 測量費用
《証拠省略》によると、原告会社はトルコ風呂建設予定地の測量を土地家屋調査士松橋実に依頼し、費用として金七万六八〇〇円を支払ったことが認められる。
(5) 確認申請費用等
《証拠省略》によると、原告会社は訴外大越組に工事費調査及び建築確認申請手続を依頼し、費用として金八〇万円を支払ったことが認められる。
(6) 弁護士費用
原告会社が原告会社代理人菅沼漠、同平沢啓吉に対し本件訴訟の提起、遂行を委任したことは記録上明らかであり、第一審勝訴の場合金七五万円宛支払う旨約したことは原告大和土地株式会社代表者尋問の結果により認められる。
(二) 因果関係について
(1) 被告市は、原告らは改正条例施行日までにトルコ風呂営業の開業が不可能であったから、市長らの違法行為と原告らの損害との間に因果関係はない旨主張するが、右主張は改正条例が適法であることを前提とするものであるところ、前記認定のとおり右条例は原告らに対する関係においては違法であるから、右主張はその前提を欠き、理由がない。
(2) ところで、原告らはトルコ風呂営業の新規開業が不能となったため、土地の売買契約を解約したものであるが、原告らの開業予定地は、トルコ風呂営業以外の用途が考えられない土地ではないことは明らかであり、また、右契約を解除せずに取得した土地を転売するなどして、費用の回収を図ることができないわけではないから、原告らが右契約解除のため手附金を放棄したことが、前記認定の県知事らの違法行為と直ちに相当因果関係があるものとは認められない。そうすると原告らが右開業予定地を売買するに際し支出した前記認定の費用は県知事らの違法行為と相当因果関係のある損害といえないというべきである。
したがって、前記認定の各損害のうち(1)、(2)は土地を売買するに際し支出した費用であるから、県知事らの違法行為との間に因果関係は認められず、(3)ないし(5)の損害についてのみ因果関係が認められるべきであり、また、弁護士費用については本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告会社が被告らに対し請求しうる弁護士費用としては金三〇万円をもって相当と認めるべきである。
そうすると、原告会社の損害額合計は金三六五万一八〇〇円となる。
2 原告組合の損害
(一)(1) 手附金
《証拠省略》によると、原告組合はトルコ風呂建設予定地の売買契約を締結したが、その営業が不能となったため手附金一六三〇万円を放棄して、右売買契約を解約したことが認められる。
(2) 売買仲介手数料
《証拠省略》によると、原告組合はトルコ風呂建設予定地の売買について、訴外マルヒロ不動産商事株式会社に対し、金四〇万円の仲介手数料を支払ったことが認められる。
(3) 仮登記手続費用
《証拠省略》によると、原告組合は訴外川島重一に対し、土地所有権移転の仮登記手続を依頼し、登録免許税を含む費用金三万四七四〇円を支払ったことが認められる。
(4) 弁護士費用
原告組合が原告組合代理人菅沼漠、同平沢啓吉に対し本件訴訟の提起、遂行を委任したことは記録上明らかであり、第一審勝訴の場合、金五〇万円宛支払う旨約したことは弁論の全趣旨により認められる。
(二) 因果関係について
(1)ないし(3)の各損害は土地を売買するに際し支出した費用であるから、前記認定のとおりこれを県知事らの違法行為と相当因果関係のある損害ということはできず、また、弁護士費用についても県知事らの違法行為との間に因果関係を認めることはできない。
六 結論
以上によると、原告会社の本訴請求は前記損害金三六五万一八〇〇円及び内金三三五万一八〇〇円に対する本件不法行為後であることの明らかな昭和五一年七月一四日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告会社のその余の請求及び原告組合の請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行宣言の申立についてはその必要がないものと認めこれを却下して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊島利夫 裁判官 長谷川憲一 竹内純一)